本研究の目的は,文字表記における各種特徴に着目して,略語の表記についての選好に 影響する要因を解明し,新しい言葉(以下,新語とする)の発生に関する新たな性質を明 らかにすることである.これにより,文字を介したコミュニケーションにおいて新語が発 生するとすれば,それがどのような性質を有するものであるかということについて,手が かりを得られる.
本研究の背景として,近年のメディア状況やそれに伴うコミュニケーション方法の変化 と,これらの変化により,新語の性質にも変化が生じているのではないかという疑問があ る.携帯電話や電子メールサービスの普及以降,日常のコミュニケーションにおいても, 文字を媒介としたメディアを利用する機会が増えつつある.この結果,コミュニケーショ ンは従来のように口頭で音声を発して行うものから,画面上に表示した文字を介するもの へと比重を移しつつある.このような変化が、新語の性質にも影響を与えるのではないか という疑問がある.例えば,音声のみでコミュニケーションを行うのであれば,その内容 を表記するには表音文字のみで事足りる.しかし,画面上に文字を表示することが前提で あれば,その表記には表意文字を用いた方が効果的と考えられる.
本研究では,新語の発生の例として略語を用いる.新語は既存の事物を表す新しい表現, もしくは新しい事物を表す言葉として作られるが,新語の作成に際し新しい意味内容も作 り出すことは困難であったため,既存の言葉の言い換えである略語を取り上げた.
本研究は,略語表記の選好に影響する要因について仮説を立て,アンケート調査を用い て検証実験を行った.実験には既存の略語が存在しない言葉を用い,これらの言葉から再 生した略語に対して複数の表記の候補を用意し,例文中で示してもっとも好ましいと思う 表記を選んでもらった.表記の候補は,各仮説について仮説の要因に従う例を考え,この 例が選ばれたかどうかをもって,選好に対し仮説の要因が働いたかどうかを判定した.
実験では既存研究を参照し,音声上の特徴による生成規則に基づいて,略語を作成した. 複数の候補が存在するため,略語の形は単一に決定されない.表記の候補は,これらすべ ての略語の例に対して用意した.生成規則から作成した表記の候補では,被験者が好まし いと考える例をすべて提示できないため,自由記述欄を設け提示された例より好ましいと 考える表記があれば記入してもらった.自由記述欄に回答があった場合は,事後的に仮説 の要因が働いたかどうかを判定した.本研究は対象となる言葉が画面上に文字として表示 されることを前提としているため,その状況を再現するために実験では対象の言葉を例文 中で示した.また,特定の文体の例文による選好への影響を避けるため,1語につき2文 の異なる文体の例文を用意した.
(指導教員 真栄城哲也)